運用体制を決める
吉岡 佑
佐賀県出身。GMO グループ、アナグラム株式会社などの広告運用専門会社にて大規模広告の運用に従事した後、2021年に当社に参画。
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成果を改善する
リスティング広告を始めるに当たって悩ましいのが、運用体制です。自社で内製化するのか、あるいは広告代理店に代行してもらうのか。外注するとして、どんな代理店がパートナーとしてふさわしいのか。内製化する場合、どこまでコストをかけるのべきか。広告主から見た運用体制についてお話しましょう。
インハウスか、代理店運用か
インターネット広告はセルフサーブ型です。大原則として、誰でも出来ることになっています。しかし日本の商習慣では広告は広告代理店が手掛けることになっています。Googleは米国企業ですから、そもそも代理店運用を想定していなかったはずです。
とは言え、オールドメディアであるマス媒体では代理店にだけ広告枠を卸している場合もあれば、代理店限定の機能も存在するなど、代理店抜きの広告運用は考えられません。当然のことながら、インターネット広告の世界にもこの商文化は大きな影を落としています。
(広告運用の体制)
・日本の商習慣……広告は代理店による運用代行
広告主-----代理店------媒体
・インハウス運用
広告主-----媒体
広告の代理店運用とインハウス運用。自社にとって適切なのはどちらでしょうか?
広告主から見た代理店運用とインハウスのメリット、デメリット
広告主から見たそれぞれの運用スタイルのメリットとデメリットを見てみましょう。
金銭面から見た場合
メリット
代理店運用:経費の立て替え機能。請求書払い。
- 報酬は後払いになりますから、実質的に広告費を先に貸してくれる形になります。売り上げが立てば、きれいに精算できる点は大きなメリットと言えます。言ってみれば、代理店が金融機関的な役割を果たしてくれている形です。
- 人件費が不要となり、マンパワーを割かなくて済むのも長所です。
インハウス:外注費不要。
広告関係を内製化した場合、広告の製作費や運用手数料が不要になるメリットがあります。
デメリット
代理店運用:高い外注費。
- 商習慣として、代理店に支払う手数料は「広告費の20%」というのが業界平均とされています。
インハウス:人件費がかかる。
- 自社の社員を使うことになるので、当然人件費がかかります。またGoogleなどの広告媒体にカードで決済しなければなりません(まれに請求書払いできる媒体もあります)。
成果から見た場合
意外かもしれませんが、成果は代理店、インハウスとも「良くもなく悪くもなく」となることが珍しくありません。なぜかといえば、リスティング広告は運用の自動化が進んでいるからです。
つまり代理店の方がぜったいに成果が良いかといえば、必ずしもそうとは言えない、というのが実情です。「どこまでやるか」という話になってくるので一概には言えませんが、インハウスでも充分結果が出せます。
__代理店運用とインハウス、それぞれのメリットを見てきました。つまるところ「一長一短でどちらが良いと断言できるものではない」と言えます。
代理店運用とインハウス運用、決め手になるのは?
世の中の企業は代理店運用かインハウス運用かの決定を、どのように下しているのでしょうか?
実のところ、これまでの前例に倣う企業が多いのが現実のようです。その結果、大企業は代理店派が多数派を占めています。「これまでマス広告は代理店にお願いしていた。だからウェブ広告もお願いしよう」という流れです。
大企業→マス広告+ウェブ広告
→ (代理店運用)
中規模会社→マス広告はやっていない
→(ウェブだけ代理店、またはウェブだけインハウス)
小規模企業→ウェブだけ運用
→(ウェブだけ代理店、またはウェブだけインハウス)
中小企業が代理店とインハウスのどちらを選ぶのかは、各社の事情次第です。
中規模会社の場合「人はいますが、金銭的な都合で内製化してます」という場合が考えられる一方、小規模企業になると「人がいないから、代理店に外注してます」、「代理店が嫌いのオーナーの意向で、インハウスです」などさまざまな内情で決めているようです。
インハウスはコストを伴う
前節で見た通り、代理店とインハウスのどちらを選ぶのかは、各社の事情次第です。大前提として、ウェブ広告はセルフサーブなので誰でも広告は出せます。ですからインハウスという選択肢は常にあって良いはずです。とは言え、インハウスは楽ではありません。もっとも大きな理由は運用担当者の育成が難しいことにあります。
(インハウスによるリスティング広告運用の難点)
- 運用担当者の育成が難しい
- ノウハウが属人化してしまう(万が一、担当者が離職したときに困る)
- 担当者を正当に評価できる上司がいない。評価できる制度がない。(c.f.chapterリスティング広告のメリット)
- 属人化を防ぐためマニュアルを作る必要がある。
→日々どんな作業をしたかログを残すのが大変。
3のログに関しては、ログの残し方や仮説・検証の痕跡を仕組み化している企業もあります。特にアフィリエイト関係の企業ではそうした取り組みがあるようです。
とは言え、引き継ぎの人間がログを読んで背景を理解するのも大変です。不可能ではありませんが、経験がない限り、ちょっと現実とは言えない気がします。ただし後任がある程度の運用者に育っていれば、ログを見れば前任者の意図を察することは可能です。
代理店は分業制
代理店運用は基本的に分業制なので属人化は避けられます。ただし広告主から見た場合、コミュニケーションコストが掛かるというデメリットが生じます。
代理店の内部は分業化されていますから、広告主からの要望や疑問点が伝言ゲームで伝わることになります。なんらかの改善点が発生したとき、修正に1営業日は掛かるでしょう。
しかしインハウスならば、それこそ瞬時に対応できるはずです。それがセルフサーブ本来の利点です。伝言ゲームに陥ると、セルフサーブの意義が失われてしまいます。
分業しない代理店の台頭
近年は伝統的な代理店の組織構造から脱却し、営業担当者を介さずに運用担当者や作業者と広告主が直接やりとりする代理店もあるようです。しかし「属人化しやすい」というインハウスの短所と同じリスクを背負うことになります。
また広告主からの引き抜きの声が掛かり、仁義の面も含めいざこざになることがあるようです。
どの程度運用に時間をかけるかを決める
仮にインハウスで運用すると決めた場合、短期的な視点からメリットを追求してもうまくいきません。代理店運用に比べて多大な時間とリソースがかかるからです。
ただし長期的に取り組む覚悟のある企業、経営層にマーケティング知識があり現場との距離が近い企業、プロジェクトをアジャイルに(素早く柔軟に)進めていく文化の備わっている企業であれば、良い成果に結びつく可能性が高いでしょう。
本格的に内製化を進める前に、一通り自分たちで広告配信作業を試してみるのもよいかもしれません。その上で運用に対して、どれだけ時間と経費と人的リソースを割くかを判断するのがよいでしょう。
適切な運用パートナーを見つける
広告の配信を代理店に一任する場合、どういう相手とだったらうまくやれるのか、検討する必要があります。chapter46で触れた分業型の代理店が良いのか、分業しないタイプの代理店が良いのか、自社の状況を鑑みて相性の良い方を選んでください。
なお代理店は得意ジャンルや規模によっても分けることができます。
### 代理店の種類
- 大手総合代理店:対応領域が広く、マス広告、ウェブ広告、チラシとあらゆることに対応。平均以上のクオリティ。
- 専業代理店:ウェブ、紙、チラシなどの媒体に特化している。「得意領域に関しては負けません」がモットー。
- コンサルタント:広告主と専業代理店の間に立ち、広告主の業務を補佐。
大手総合代理店
対応領域が広く、マス広告とウェブ広告を同時に攻めることも可能です。
広告主と媒体、下請業者の間をつないでアカウントプランナー(広告営業)として立ち回ります。業務を丸投げできるので、依頼する側はもっとも楽が出来ます。広告主から見たとき1対1の関係となるので、コミュニケーションコストが低いのが特徴です。
- 総合代理店: アカウントプランナーとして統括。マス広告を制作。
- 子会社: ウェブ広告の制作を受注。
- グループ会社: 制作。
- パートナー会社: レポート作成。
総合代理店は知名度のある会社が少なくありませんが、業務を切り分けてグループ会社や下請け企業に発注することが多いようです。成果を出そうとするなら、広告主自ら業務を切り分けて、複数の専業代理店に発注した方がよいでしょう。自社で主導権を握ることによって、思うような方向にプロジェクトを誘導できます。
もっとも総合代理店の担当者がひじょうに優秀な場合は、それに勝る幸運はありません。広告主が自ら動かなくても、ベストな結果を出してくれるでしょう。
専業代理店
得意領域に特化しているということもあり、1社で請け負うのが原則です。ただし複数の代理店とチームを組むことや、広告主が同時に複数の代理店に発注をかけることもあります。広告主のリテラシーによって任せ方が変わってくる相手だといえます。
コンサルタント
広告主が複数の専業代理店とやりとりする傍らで、コンサルタントが戦略の立案や支援を行います。もっとも成果が出やすい形態といって間違いありません。運良く総合代理店の担当者が優秀だったときと双璧だといえます。
欠点を上げるとすれば、クライアント側の担当者が業務を抱えている場合、そもそも案件自体を廻す余裕がなくなることです。また専業代理店間の予算の分配で揉めることも考えられます。
代理店ごとの得意分野
当然ながら、代理店によって得意・不得意があります。一口に「ネット専業代理店」と言っても、得意ジャンルはそれぞれ。リスティング広告が得意な代理店もあれば、動画が得意な会社もあります。「動画広告できます」という代理店であっても、得意なのかどうかは実際に仕事をしてみるまでは知る術がありません。伝手をたどって評判を聞く程度がせいぜいでしょう。
ネット以前であれば、マス広告(新聞、テレビ、雑誌)とローカルな広告しかなかったので電通などの総合代理店に振れば間違いありませんでした。
しかし現在の広告は多様化しています。
(広告の多様化)
- マス広告
- デジタル(検索広告、ディスプレイ広告、SNS広告、動画広告)
- 交通広告(駅ナカ、車両広告、サイネージ)
広告主に求められる知識も増加したため、コンサルブームが起きています。代理店への丸投げ事例も増えました。
一方、代理店側も多様化した広告すべてに必ずしも対応できている訳ではありません。たとえば電通はデジタル分野を得意としていません(一応「電通デジタル」というグループ会社はありますが)。現状デジタル分野の日本一はサイバーエージェントです。ただし同社はマス広告を得意としていません。このような現状がありますので、広告主にとって代理店の選定は大事な仕事です。
とは言え、東京や大阪でさえ「ずっとこの会社に任せているから」、「電通と仕事をするのがステータスだから」などという理由で代理店を決めている事例は珍しくありません。適切なパートナーを見つけるには、広告主側のリテラシーが重要です。代理店の過去の仕事を精査したり、コンペで競わせてみたり、複数の代理店を試して様子を見たりするなど、ある程度の試行錯誤は必要になるでしょう。
パートナーと適切な環境を築く
広告代理店との契約はプロジェクト単位ですが、業界の商習慣として3ヶ月ごとの自動延長が一般的です。これはつまり事実上の無期限契約のようなものです。
継続した受発注がつづくと緊張関係が薄れ、マンネリ化してきます。すると成果の改善がおざなりになり、運用効率が低下してしまいます。
定期的にコンペを開いて代理店選定を見直すなど、代理店との適切な距離感が大切です。
自動継続のネック=広告アカウントの帰属先の問題
リスティング広告のアカウントを代理店が運用代行している場合、広告主が自社の広告のアカウントを見せてもらえない、というトラブルが往々にして発生します。悪質な代理店になると、広告主が自社の広告アカウントを確認できないのをよいことにデータ加工するなど、始末の悪いケースもあります。このようなリスクを回避するために、アカウントを快く開示してくれる関係性を代理店との間に構築することが大切です。
実際のところ、乗り換えられてしまう危険性があるため、代理店はアカウントの開示を嫌がることが少なくありません。そこを嫌がらずに、きちんと対応してくれる代理店と付きあうのがリスティング広告で結果を出し続ける道でもあります。
リプレイスは広告主側も大変
乗り換え(リプレイス)の話が出たので、代理店の乗り換えについても触れておきます。
代理店を乗り換えるためには、社内で承認が必要です。しかし乗り換えればかならず成果が改善するという確証はありません。ですから社内を得するのは簡単ではありません。
再三いっているように、リスティング広告はセルフサーブです。代理店が変わっても特殊なテクニックが披露されることはありません。それこそ最初の設定をして予算さえ入力してしまえば、広告は自動的に動き出します。知識がなくても代理店の真似事ができてしまうのです。
しかし基本を知らずに走り始めると大けがします。なかにはchapter8「ターゲットを考える」、chapter24「広告文を考える」のような原則を疎かにする代理店もあるようです。そうした会社はリスティング広告で攻めるべき商材をディスプレイ広告限定で配信するなどといった過ちを犯してしまいます。そうした代理店に当たってしまうと、全く成果は出ません。
しばしば「アカウントを無料で分析します」とか「御社のアカウントが適切な状況か、第三者視点でセカンドオピニオンを出します」などと言って、代理店が新規営業をかけてきます。代理店によっては「成果保証します! 何件のコンバージョンを取ります。もし1件でも届かなければ、うちが自腹で広告費を出します」などと強気の営業をしてくる場合さえあります。しかし結局のところ、地道な作業の積み重ねがすべてです。マル秘テクニックのようなものはありません。
最終的には人と人との信頼関係です。「信頼できる人に紹介してもらった」、「この人と一緒に仕事してみたい」などが決め手になるでしょう。