いかにして Google は検索エンジンの覇者となったのか?
遠藤 結万
早稲田大学卒業後、Google Japanに入社。アジア太平洋地域の広告コンサルティングとデータ分析を担当。退社後にCMO株式会社を設立。経産省「始動 Next Innovator」採択。NHK、英紙「Economist」等取材多数。
Google は初めての検索エンジンでしょうか……?違います。では、Google は最後の検索エンジンでしょうか……?この数年ほど、検索エンジンを作ろうという野心的な試みは、西海岸のスタートアップの間でもほとんど耳にしたことがありません。
Instagram 検索や YouTube 検索などは、リアルタイムな情報やより立地な情報を探すための、検索エンジンの代替として使われ始めています。また、生成AIの流行は、検索エンジンにとっては大きな脅威です。しかし、それでも、今後、Google の直接的な競合が生まれるとは(いまのところは)思えません。
いかにして Google はこれほど巨大な存在になったのでしょうか?
理由① ー 充分でなかった競合
そもそも、Google 以前のロボット型検索エンジンは、どのような仕組みを取っていたのでしょうか。当時の検索エンジンをまとめた論文を読んでみましょう。
例えば、当時最大級の検索エンジンだったAltavistaについては、こう記載されています。
1996年1月までに1600万を超えるWebページの全文をインデックスしますが、更新頻度は明らかになっていません。 AltaVistaのドキュメントによると、1日に250万のWebページを取り込み、1時間に1GBのテキストをインデックスしています。
検索結果の表示順序や関連性ランクは、一致する単語の位置(例えば、タイトルまたはテキストの本文)、一致する単語の出現頻度、および一致する単語間の距離(すなわち、何ワード離れているか)によって決定されます。
Altavistaと同じように、当時の検索エンジンの殆どは、Webページの中身を解析し、検索クエリがどの程度出現しているか、という頻度や距離を使って順位づけする仕組みになっていました。
全文検索エンジンの問題は、スパムが非常に容易な点にあります。出現頻度だけで計算するなら、ただひたすら文字を増やせばいいだけですから。これは「ワードサラダ」と呼ばれ、Google の初期ですら頻発した問題です。
理由② ー ページランクと表示技術
ページランクとは?
ラリー・ペイジとサーゲイ・ブリンが考案したページランクは、そのような状況を変える上で極めて画期的なテクノロジーでした。
ページランクとは、とても簡単に言えば
多くのWebページにリンクされているWebページは、質が高い
質が高いWebページにリンクされているWebページは、同じように質が高い
という仮説を元に、Webページを点数化するアルゴリズムです。このページランクを使えば、以前のように単語をひたすら入れれば上位に表示される、ということはありません。
つまり、より正確な結果が表示できるというわけです。
ページランクの設計思想
今日の Google の設計思想にも繋がる点は、既に1999年に、ラリー・ペイジによって書かれた論文にて述べられています。
Webページは「今日のランチにジョーは何を食べますか?」という質問から、情報検索に関する論文まで、様々な質問に答え、経験の浅いユーザーのためにも検索順位を操作しなければなりません。
これを見る限り、ラリーが非常にヴィジョナリーな視点で検索エンジンを捉えていたことがわかります。今日に見られるような音声検索や、AIによる質問への応答につながるのではないでしょうか。
Google のテクノロジー
ともあれ、ページランクを含め、Google の技術は他を圧倒していたようです。
Quora に、なぜ Google が Altavista に勝ったのか?という質問が投稿され、Google を最初期から利用しているユーザーのコメントが載っています。
誰かがこのスタートアップ、Googleについて教えてくれました。私はやや懐疑的ながら、アニメのようなロゴのあるサイトにアクセスしました。
最初にGoogle で検索したとき、すぐに結果が表示されました。私はこう思いました。 「彼らは本当に検索したわけじゃない。速いと思わせるために、いくつかの結果を投げただけだ」
しかし、結果を見ると、驚くほど関連性の高いページが表示されていました。私は別の質問をしました。同じように瞬間的に、驚くほど関連性の高い結果が帰ってきました。
彼によれば、とにかく早く、関連性が驚くほど高かった、ということです。
理由③ ー ビジネスモデル確立のタイミング
検索エンジンはお金にならなかった
少し視点を変えてみましょう。Google が世界最高の検索エンジンだったとしても、当時それは、「数ある世界最高の技術を持ったスタートアップの一つ」に過ぎなかったのです。
現在のようにGoogle が巨大企業になるとは、誰も考えていませんでした。
それまで、検索エンジンの収益モデルといえば、MSNやAOL、Yahoo! などのサイトにエンジンを提供する程度でした。
実際、(有名な話ですが)Google は Excite に一億円で買収しないか、持ちかけていました。当時、検索エンジンだけではなく、ポータルサイトを持っていた Excite のほうが遥かに金持ちだったからです。
ラリーいわく「彼らはエキサイトしなかった」ということで(ラリー・ペイジがよく使う、あまり受けないジョークの一つ)、この買収は実現しませんでした。Excite の社史に残る失敗と言えるでしょう。
検索連動型広告という革命
GoTo.com(後のオーバーチュア→Yahoo! プロモーション広告)が、検索連動型広告、リスティング広告というものを生み出すまで、検索エンジンはどう考えてもお金にならない事業でした。
そして、Google はそれを模倣して、巨大な広告市場の支配者となったわけです。
もし仮に、検索連動型広告の誕生がもっと遅れていれば、Google は数ある先駆的だがお金にならないスタートアップの一つとして終わっていたかもしれません。
検索連動型広告の誕生後、突如として検索エンジンは、異常なほどの利益を叩き出す、マネーメイキングマシンへと変化しました。
Google AdWords は Overture よりも後発ながら、セカンドプライスオークションの仕組みを取り入れることで収益性と広告主の利便性を向上させることに成功したのです。
本質的な失敗点 ー なぜYahoo! が失敗したのか
しかし、これらのことは、本質的には失敗の原因ではないのかもしれません。
本質な問題は、多くの人が、検索エンジンの重要性と、その成長ポテンシャルを見誤っていたことにあります。
投資家で Y Combinator の創業者、Yahoo! の元従業員であるポール・グラハムによると、彼は90年代後半に、Googleを買収するべきだと創業者のデビッド・ファイロにアドバイスしたそうです。
1998年後半か、1999年初めにデビッド・ファイロにGoogleを買うべきだと言ったはずです。私も、他のほとんどのプログラマーも、Google をYahoo!検索の代わりに使っていました。
それに対して、Yahoo! 創業者のファイロはこう答えたそうです。
検索は我々のトラフィックのたった6%だ。そして、我々は月に10%ずつ成長している。そんなこと、心配する必要はないよ。
同じようなストーリーを、Inktomiのエンジニアであった Diego Basch も語っています。
大きな危険信号が鳴り響いていました。Inktomiのエンジニアは、検索エンジンとして Google を使い始めていました。
私たちの幹部は、(ビル・ゲイツが子供たちに Apple 製品を使用することを禁止したように)、エンジニアが Google を使うのを、やめさせようとしました。 なぜ自分が Google を使っているのだろう?と考えれば、答えは明らかでした。ユーザー体験が優れていたからです。
結局のところ、誰も検索エンジンがこれほど大きなビジネスになるとは信じていませんでした。稀代の起業家であるデビッド・ファイロはもちろんのこと、おそらくは、ラリーとサーゲイさえも。
後から見れば、危険信号は明白でした。炭鉱のカナリアは息絶えていました。しかし、それはあとになったから言えることだからでしょう。